詩歌 verse

「眺む」は古語では「物思いにふける」の意味。式子内親王の歌にはこの「ながむ」という言葉がよくつかわれています。待ち出でていかにながめむ忘るなと いひしばかりの有明の月ながむれば木の間うつろふ夕月夜 ややけしきだつ秋の空かなながむればわがこころさへ果てもなく 行方も知らぬ月の影かなそれながらむかしにもあらぬ月影に いとどながめをしづのをだまきマットに使った、竹の繊維を含んだ布が涼しげです。紙の色を背景に調和させ透かせています。
式子内親王の歌から、夢を詠んだ歌を集めました。夢の内もうつろふ花に風吹きて しづ心なき春のうたたねはかなしや枕定めぬうたたねに ほのかに迷ふ夢の通ひ路たのむかなまだ見ぬ人を思ひ寝の ほのかになるる宵々の夢見しことも見ぬ行く末もかりそめの 枕に浮かぶまぼろしのうち三首めは少女のような可憐さがありますが、四首めには人生への諦観を感じさせるものがあります。マットには新素材ピーチスキン。二重アクリルで作品を挟み、浮かせています。紙はティッシュペーパー1/6の薄さの典具帖紙。ぼかし染めの紙がマットのベージュ色で、よりあざやかに浮かび上がりました。
香りにまつわる歌を、式子内親王の歌から集めました。梅が枝の花をばよそにあくがれて 風こそかをれ春の夕闇花はいさ そこはかとなく見渡せば 霞ぞかをる春のあけぼの誰となく空に昔ぞ偲ばるる 花橘に風すぐる夜はすずしやと風の便りをたづぬれば 茂みになびく野辺の小百合葉マットには新素材のピーチスキン。二重アクリルに、ティッシュペーパー1/6の薄さの典具帖紙に書いた作品を挟んで、発色の良いピーチスキンを透かせています。
橘の香りは昔を思い出すよすがとなったといわれています。皐月待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする  古今集 詠み人知らず橘の香をなつかしみ時鳥 花散る里を訪ねてぞ訪ふ 『源氏物語』「花散里」よりいにしへを花橘にまかすれば軒の忍に風通ふなり  新古今 式子内親王今年より花咲き初むる橘の いかで昔の香ににほふらむ  新古今 藤原家隆マットには、見る角度によって色が変わって見えるシルクを使っています。二重アクリルで作品を挟み、作品が浮いて見えます。紙は、雲紙。
子よ興(お)きて夜を視(み)よ。明星、爛たる有り。君よ起きて夜空を見てください。明星が輝いている頃でしょう。中国最古の詩集『詩経』鄭風より。鄭の国の民謡の一節で、素朴な夫婦のやり取りを感じさせます。夜明けの夜空をイメージして、青墨でグラデーションを付けました。流星のように白抜きの技法を使っています。マットには京都産の藍染。二十回以上染めたという、深い藍です。
旅人は征棹(せいかん)に倚(よ)り、薄暮長歌起こる。笑攬す、清谿の月。清輝多きを厭はず。旅人が舟の棹にもたれかかると夕暮れに長吟する声が聞こえてきます。笑いながら清谿の月を眺めましょう。清い光はいくらあってもよいものです。張旭(字は伯高)の「清谿に汎ぶ舟」詩。張旭は剣舞を見て草書の筆法を悟ったといいます。独特の崩し方は狂草と言われました。背景に月をぼかし染めで浮かべ、草書体の周りを白抜きにして文字を浮かび上がらせました。むらのある藍染の布をマットに使いました。
露は今夜従(よ)り白く、月は是(こ)れ故郷に明らかならん。露は今夜から白く結び、月は故郷を明るく照らすことでしょう。杜甫(字は子美)48歳の時の作。杜甫には4人の異母弟がいましたが戦乱で離ればなれに。家族思いの杜甫はさぞ心配したでしょう。白露は二十四節気の一つ。現在の九月八日ごろ。中秋の名月を見上げながら吟じたのでしょうか。背景に月をぼかし染めで浮かべ、草書体の周りを白抜きにして文字を浮かび上がらせました。むらのある藍染の布をマットに使いました。
秋千と花影、并(あは)せて月明かりの中にブランコと花影が、どちらも月明かりの中にあります。金の元好問「辛亥寒食」詩から。「寒食」は冬至後百五日の風の強い日、火を絶った生活をする日のことでした。「秋千」は「鞦韆」の代用でブランコの意味。幻想的な詩に合わせて、白抜きの技法で浮遊感を演出しました。マットには絹の玉糸で織ったリンシャンという布を使っています。
水光山色と親しみ、説き盡さず、無窮に好し。澄んだ水の輝きと麗しい山の色は、人に親しみを感じさせます。言い尽くせません、限りない素晴らしさは。宋の詩を唐詩と区別して「詞」と表記します。女流詞人、李清照の「王孫を憶ふ」「雙調」は形式名。書画骨董を好んだ清照ですが、戦乱の中で財産が散逸。夫との死別、流浪の晩年、不幸な再婚、と人生を知るとあまりに悲しい。ですが詞の中には、常に美さと、楽しい調べが感じられます。阿波紙を重ねても時空間を際立たせています。マットには60年以上前の渋い大島紬を使いました。
春花秋月冬冰雪(しゅんかしゅうげつとうひょうせつ)、陳言を聴かず、只天を聴く。春の花、秋の月、冬の氷と雪のように、天の声だけを聴きましょう。使い古された言葉ではなく。楊万里(字は廷秀)は宋の詩人の中でも最も俗語を多用したと伝わります。伝統的な表現を避けようという意図でしょうか。白抜きの技法で、文字だけではなく、月や花弁模様も表現しています。散らした銀は雪のイメージ。紙を青墨でグラデーションをつけて染め、浮遊感と立体感を演出しました。
<< 4 | 5 | 6 | 7 | 8 >>